講義1.4 「一」対「多」
◆「on=~の上に」ではない!? 私たちは日々、事業の現場で雑多な情報や状況に対処しながら仕事を進めています。そのときに、物事を抽象化してとらえる能力はきわめて重要です。それは目の前の課題を処理する直接的な知識や技術よりも重要かもしれません。なぜなら、物事を個別具体的にとらえるレベルに留まっていると、永遠に個別具体的に処置することに追われるからです。そのことを次の例で押さえてみましょう。
下に並べたのは英単語の問題です。それぞれのカッコ内には前置詞が入ります。1つ1つ答えてください。
・a fly[ ]the ceiling (天井に止まったハエ) ・a crack[ ]the wall (壁に入ったひび割れ) ・a village[ ]the border (国境沿いの町) ・a ring[ ]one’s little finger (小指にはめた指輪) ・a dog[ ]a leash (紐につながれた犬)
……さて、どうでしょう。
正解は、すべて「on」です。ところで、私たちは前置詞「on」を「~の上に」と習ってきました。習ってきたというか、暗記してきました。 そうした暗記的なやり方で英語と接してきた人は、「天井にさかさまに止まった」とか「壁に入った」とか、「国境沿いの」などの言い表しと「on」が直接的に結びつかないので、それぞれの問題にすぐさま「on」が思い浮かばなかったでしょう。そして正解を見た後に、「そうかonだったか」と言って、また1つ1つ丸暗記していくことになります。
これに対し、いま私の手元にある一冊の英和辞典『Eゲイト英和辞典』(ベネッセコーポレーション)の帯には、こんなコピーが記載されています───
「on=『上に』ではない」と。
さっそく、この辞書で「on」を引いてみる。すると、そこに載っていたのは、下のような図でした。
「on」は本来、縦横・上下を問わず「何かに接触している」ことを示す前置詞だというのです。確かにこの図をイメージとして持っておくと、さまざまに「on」使いの展開がきく。
この辞典は、その単語の持つ中核的な意味や機能を「コア」と呼び、それをイラストに書き起こして紙面に多数掲載しています。10個の末梢の使い方を暗記するより、1つの中核イメージを頭に定着させたほうがよいというのが、この辞書づくりの狙いなのです。まさにこの「コア」に基づく単語学習が、物事を抽象化して把握することにほかなりません。
私たちは、物事の抽象度を上げておおもとの「一(いち)」を本質としてつかめば、以降、一貫性をもってそれを10通りにも、100種類にも応用展開することができます。逆にいえば、抽象化によって「一」をとらえなければ、いつまでたっても末梢の10通りや100種類に振り回されることになります。1,000パターンにも覚えることが広がったら、もうお手上げでしょう。
「一」をつかんだ者は、1,000のパターンにも対応がきくし、その「一」から発想した1,000のパターンは、抹消にとどまっていたときの1,000パターンとはまったく異なったものになるでしょう。独自性のある強い発想というのは、必ずといっていいほど、その本人が見出した本質の「一」を基にして、それを現実に合うように具体化するというプロセスを経ているものです。
すなわち「多」→「一」→「多」。
多から一をつかみ、一を多にひらくこと。この「πの字」の思考プロセスが、コンセプチュアル思考の骨格となる流れです。 ◆補足 「成功本」ばかり読んでも成功しない人 書店に行くといわゆる成功本がたくさん並んでいます。そこには仕事・人生で成功するための具体的方法が、著者それぞれの観点から説き明かされています。また本ならずとも、成功事例は、新聞にも雑誌にもテレビにも溢れています。 昨今は、ともかく具体的に、具体事例を、という要求が強まっています。しかし、あまりに具体の次元で埋没してしまうと、抽象の能力を衰えさせることにもつながります。成功本依存の人は、ある種、マニュアルを欲し、マニュアルどおりにやることに安心を得る状態になってしまっています。 成功本・成功事例を具体的に知るということは、「型を覚える」という入り口にしかすぎません。それをそのまま漫然と真似し続けるだけでは、根本の成功はありません。多くの具体事例をいったん抽象して、自分なりに本質や原理をつかんでみる。そのうえで、具体的な行動・方法にひらいていく。この「π(パイ)の字」の思考作業をしないかぎり、成功本は真に身になりません。 下図に示したとおり、 表面的な模倣に終始する「多」→「多」なのか 本質をつかんだ上での「多」→「一(いち)」→「多」なのか この差は実に大きいものです。